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バスケファン店長のNBAブログ
福井県小浜市の「珈琲屋すいしょう(旧喫茶SVZ)」店長のブログです。 店やコーヒーのブログはアメブロで書いてます。 ここではNBAの観戦レポートや感想、ニュースなどを主に書いています。

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文科相の緊急アピール

伊吹文明文部科学相がいじめについて緊急アピールを出したようです。
良いことだと思います。国として大きな問題として取り扱っているわけですから、意義のあることです。
…が、
「一人で苦しまず、いじめられていることを話す勇気を持とう」
この言葉は単なる正論でしかなく、救いや励ましの言葉にはなりません。
下手をすればさらに追いつめることになります。
昨日の日記にも書いたように、追いつめられた人間に正論は届かないのですよ。
周りに話すことができるのなら、自殺に走るほど追い込まれません。どうしようもなく、未来になんの希望も見えなくなったから死を選ぶのです。

家に帰ってから、爆笑問題の太田総理…でしたか?そんな感じの番組を見ました。
番組内で和希沙也さんが学生時代にいじめにあっていたが、親には心配をかけたくなくて言えなかったと告白していました。
それに対して、年配の女性(名前は見ませんでした。台湾の人らしいのですが)が「親に心配をかけたくなくて言えないのがおかしい。根本的な物を間違ってる」ちゃんと見てなかったのでハッキリと覚えていませんが、そんな感じの事を言っておられました。
まさにこれが正論の典型です。
それを聞いて和希さんは泣いていました。
このような正論を追いつめられている人間に投げかけるのは、心臓にナイフを突き立てるに等しい行為です。
いじめられることによって追いつめられ、精神が弱っている人間の事をまるで理解していない言葉です。
しかし、この方だけでなくいじめを扱う番組では、必ずと言っていいほど似たような発言をされてる方がおられます。人の心をえぐっているとは露程も思わずに。多分、100%正しいことを言っていると信じて。

いじめられ、追いつめられた人間は、精神がかなり弱っていることを考慮しなければなりません。余裕が全くなくなってるんです。
弱った人間は通常では考えられないほど他人を恐れます。家族に話して笑われたり、怒られたり、または行動を起こすことによって事が大きくなったり。そんな風になるんじゃないかと、そんな思いが心の中でどんどんどんどん大きくなって相談できなくなるんです。
実際、いじめられていることを打ち明けて、家族が笑ったり怒ったりすることはあまりないでしょう。ですが、そうなるんじゃないかと不安になります。しかも大きな大きな不安…恐怖に。
そして、余裕のない人間は周りが見えません。
楽になりたいことをひたすら考え、死ぬことでしか楽になれない、と極端に視野が狭くなっているんです。
そんな人間に正論や優しい言葉は届きません。
そもそも言われているような正論は、本人が誰よりも強く思ってるんです。そして、そうなりたい。でもできない。
だから自分はダメな人間、生きる価値のない人間だと思うようになるんです。
「親に相談した方がいい」
「相談できないのはおかしい」
「一人で抱え込むな」
そんな事は言われなくてもわかってるのですよ。
いじめを受けている子供たちは知能障害がある子供ではありません。普通の子供です。
言われなくてもわかっているんです。わかっていてもできないから苦しみ、もがいているのですよ。
わかったような顔をしてえらそうに言われるまでもない。
追い込まれた人間や精神の弱った人間にとって、生きることはひたすら苦痛なのです。
「死を選ぶくらいなら死ぬ気で頑張れないのか」
と言う人もいますが、生より死の方が遙かに楽だと思ってしまうんですよ。
軽々しく死んだ気で頑張れなんて言って欲しくない。
頑張れないから、頑張ることに疲れたから死んで楽になろうとするんですよ。
勘違いしないで欲しいんです。
死を選んだ人たちは、多分、本人の中では極限まで頑張って、それでもダメだったんだと思います。
周りにはそうは映らなくても、わからなくても、精神的に追いつめられた人間は、必死に戦っているんです。
それに疲れて、あるいは報道を見て死ねば楽になれるんだと気づいて、死を選んでしまってるんだと思います。
わたしも軽鬱状態の時、
「なんだかよくわからないけど苦しい」
「でも、どうすれば楽になるのかわからない」
「助けて欲しい」
「でも、こんな自分でもよくわからないこと、どうやって助けを求めて良いのかわからない。
 それに、つまらないことで悩むなって笑われそう」
「もっと頑張れって怒られたらどうしよう…」
「いや、頑張らなきゃいけないけど…」
「頑張った先に何か良いことがあるのか?」
「そもそも、精神病院に連れて行かれたり、大ごとになったらイヤ…」
「この先、生きていて良いことがあるとは思えない」
「生きていたら、その分辛い時間が長くなる」
「死ねば楽になる?」
「死ねば楽になる?」
「死ねば楽になる?」
こんな状態でしたよ。
軽い状態のわたしでさえこれですから、重度の鬱の方や、鬱ではなくともいじめで追いつめられた方の心の中はもっと悲惨で、壮絶な戦いが行われていることでしょう。
そんな人にある意味楽な道しるべを与えてしまう自殺の過熱報道は絶対に良くないのです。

では、救うにはどうすればいいか。それは行動しかないんです。
お前の味方だと、言葉だけでなく行動で示さなければ、追いつめられた人間の心は救えません。
そして、行動で示すことができるのは、テレビの中のえらそうな評論家やコメンテーターではなく、家族や友人なのです。
どんな行動を示せばいいのか、その正解はわたしにもハッキリとはわかりませんし、そもそも十人十色、ケースバイケースですから一概に言うことはできません。
ただ、一番正解に近い答えを導き出されるのは、家族や友人ではないでしょうか。

そもそもこういう問題を一般論で論じるのは愚かなことです。
正論はもっと愚かです。
正論には基本的に反論できません。言われた方も正しいことを言われていることがわかっているので反論できず、なおさら苦しむのです。
わたしは、
「理解させることと納得させることは違う。
 人を動かすには納得させることが必要である」
と思っています。
正論は相手に理解させることはできます。
ですが、必ずしも納得させるとは限りません。
正論で相手の反論を封じ込めたところで、それは言い負かしたに過ぎません。
特にこういういじめなどの精神的に追いつめられる問題については、なんの解決にもならないのです。
言い負かされた相手は余計に落ち込み、自分を責め、最悪死を選ぶのです。

言葉より行動。
そして、行動を起こせるのは周囲の人間しかいません。
しょせん、個々の人間の心を省庁やメディアが救えるわけがないのです。
そして、行動を起こさなければならないほど深刻な状態になる前に、家族の間で辛いことや少し恥ずかしいことも話せるような「絆」を築かなければならないとわたしは思います。


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コメント

こんにちは~

はーとはですねぇ 文部科学相がいったてなんの説得力がないと思う ただ ありきたりな文章読んでるだけだと感じたよ(・~・)b

「絆」かぁ いいこといいますね!

はーともそう思うよv
[2006/11/18 15:24] URL | はーとの心 #79D/WHSg [ 編集 ]

はーとの心さん、こんばんは~



全く無意味だとは言いませんが、高いところから見下ろして頑張れ、って言っても通じませんよね。

結局、親がしっかりするしかないんですよ。

子供に尊敬され、信頼される親にならないと、子供の支えにはなれません。

言葉で言うのは簡単で、実行するのはすごく難しいとは思いますが、そうしなければ「絆」は築けないと思います。
[2006/11/18 23:09] URL | SVZのマスター #79D/WHSg [ 編集 ]


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