バスケファン店長のNBAブログ
福井県小浜市の「珈琲屋すいしょう(旧喫茶SVZ)」店長のブログです。 店やコーヒーのブログはアメブロで書いてます。 ここではNBAの観戦レポートや感想、ニュースなどを主に書いています。

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ジョーダンは神ではない

ここ最近、NBA関連のサイトを回っていると、マイケル・ジョーダンがどんな選手だったのか、と言う質問が多く見られ、それに対して「バスケの神」との返答も多く見られます。

ジョーダンを神扱いする根拠として、86年のセルティックス戦GAME2で63点(プレーオフ記録)を取った試合後のラリー・バードの発言がよくあげられています。
この発言、「ジョーダンに神が乗り移ったかのようだった」で、ジョーダンと神は別物とするのが正しい訳と言われているのですが、どういうわけか「ジョーダンの姿をした神だ」と訳されていることが多く、バードが神と認めたんだからジョーダンは神、と誤解されています。

そもそも一神教のキリスト教が大半を占めるアメリカで、人間を神扱いするなんてあり得ないんですが。
ましてやバードはクリスチャンですし。

また、ジョーダンのDVD「HIS AIRNESS」の中で、スポーツ・イラストレイテッド誌のフィル・テイラーはこう言っています。
「最初の何度かは優勝を逃したことで、彼も神ではないとわかり、人々はより親しみを覚えた。
 誰もがいつかは挫折する。
 彼ほど優れたスターでも挫折するのを見たことで、人々はより感動したんだ」と。
つまり、アメリカでは神ではなく人間だからこそ、賞賛されているんですよね。


ジョーダンは神ではなく人間です。
神ならできて当たり前。なんの感動もない。
人間だからこそ、すごいと感じ、感動したんだ、とわたしは思います。



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